フクが生きた記録(4)

4章 家族になった

正式にママさんの家族になるとママさんは保護施設での名前ではない新しい名前を付けてくれた。幸せがたくさん来るように幸福のフクと。とても気に入った。ママさんに有り難うと顔をなめて感謝を表した。

「今日から小林フクちゃんだよ、私は小林葉子です、よろしく」

朝の散歩を終えて食事をすませるとママさんは仕事部屋へはいる。

そのとき、私は自分のイチゴベッドで寝ているのだ。

編集者のお姉さんが原稿を取りに来ると私にも挨拶をしてくれる。そしてママさんが最終チェックをしている間、私と遊びたくて犬用おもちゃをお土産に持ってきてくれるようになった。

私が来る前はママさんの仕事部屋で待っていたそうだが最近はリビングにいる私と遊んで待とうと思っているようだ。

「これ、おみやげだよ、投げるから持ってきて」

 嬉しそうに編集者さんはボールを投げる。仕方ないのでそれを加えて彼女の所へ戻る。

「えらいね、ママさんに教えてもらったの?」

 私の頭をなでながら言うのだ。教えてもらったわけではなく。逆らわないだけなんだ。それが、未だに身についてしまっている。

そうしていれば編集者さんは私の行動を喜んでくれているのですから……。

ママさんが最終チェックを終えてリビングに戻ってきた。

「あら、遊んでもらっているの」

私たちの姿を見てうれしそうだ。私は遊んでもらっているのではなく本当は遊びの相手をさせられていただけです。でもそんなことはママさんにも分からないし、あえて言うことはない。

もし、私が過去のトラウマで人に逆らいたくなくて編集者さんの相手をしているんだと知ったら、ママさんがどんなに悲しむだろうと想像するだけでママさんのためなら遊ぶ相手をするぐらいどうってことないのだ。

それで私自身が苦にならないのだからからそれで良いと思う。だから彼女が来る度に新しいおもちゃが増えて遊び相手をさせられている。

編集者さんが帰って一休みするとホームセンターやショッピングモールにママさんはよく連れて行ってくれる。勿論バギーに乗って見物しながらだ。そんな安心な場所に居ても店内のアナウンスや大きなカートをガラガラ押す音にはなかなか慣れないでいる。こんな生活も一年が経つと変わってきた。

ママさんが仕事をしているとき私もママさんの仕事部屋で一緒に過ごすようになった。

「フクがそばに居てくれると仕事がはかどるよ」

こんな嬉しいことを言ってくれるので完全に昼間は仕事部屋の住犬になった。夜も数ヶ月前まではリビングのイチゴベッドだったが、今はママさんのベッドで一緒に寝る生活に変わっていった。朝から晩まで一緒の生活は幸せだった。そんなある日の事、ママさんに体をぴったりと付けて寝ているとママさんは私の足にしこりを見つけた。

「あら、これ、何かしら」

翌日、動物病院へ連れて行かれた。私は検査室に連れて行かれ、そこではレントゲンや採血をされたりで我慢の時間だった。

でも、これらは私のためにしてくれていることなので我慢といってもボスの所での我慢とは全く違った。結果が悪くないと良いなと言うことだけが気に掛かった。

一週間後、ママさんと動物病院へ行くと結果は悪性だった。

手術することになった。

「ただ、今回は手術で大元は削除しますが半年から一年くらいと覚悟して下さい」

 この言葉を聞いてママさんの体が小刻みに震えていた。

「先生、治りますか? フクは大丈夫ですか?」

「小林さんは先代犬で色々経験なさっているのですから落ち着いてフクちゃんを見守ってあげてください」

「でも、この犬はまだ我が家に来てたった一年ちょっとです、何とか助けてください」

先生にすがるように言っている。

「大丈夫ですよ、チッポちゃんやノラちゃんが守ってくれていますから、フクちゃんの生命力にかけましょう」

 先生のその言葉にママさんは少し落ち着いたようだ。そして私の手術日を相談している。

明後日に決まったようだ。帰宅して夕飯の時間になると私を抱いて言う。

「今日は美味しいものをたくさん食べておこうね」

今日はって、私は大丈夫ですよとママさんの顔をなめてあげた。それから食事をした。いつもよりササミや野菜が多くて大満足だ。そんな私を見ながらママさんはソファーに座って私を見つめている。食事をすませた私はそんな悲しそうな顔をしないでとママさんの膝に飛び乗って顔をなめた。

「ありがとう、心配してくれたんだね、駄目って決まったわけじゃないのに落ち込んじゃった」

元気なそぶりを振りしぼっているようだ。その晩はママさんにぴったり体をつけて寝た。

翌日起きるとママさんはチッポさんとノラさんの写真を見ながら「フクのこと頼むわよ」と祈るように話しかけていた。私は犬なので自分がどんな状態なのかは理解できない、でも、ママさんの様子から良くはないのだと言うことは分かった。

ママさんが仕事をしている間も相変わらず足下で暢気にいびきをかいて寝ている。

「フクを見習わなくっちゃね、チッポやノラは十年以上生きてくれたから良かったけど、あなたにもしもの事があったらと考えると可愛そうで……」

そう言いながら私を膝に乗せて強く抱きしめてくれる。

どうやら私が悲しませているようで申し訳ない気持ちだ。その晩の食事のときもそうだった。

「ごめんね、今晩は食事抜きだから我慢してね」

どうやって私に食事抜きを説明したら良いか迷っているようだ。

「私は大丈夫ですよ、明日手術なんでしょ、我慢します」

そんな気持ちでママさんの食事中、足下で寝ていることにした。

「あなたって本当に良い子ね」   少し安心したようにママさんは自分の夕飯を食べ始めた。(続く)

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