フクが生きた記録(1)

スキルボランティアとしてエッセイを送ってくださった松田好子さんの原稿を5回に分けて掲載します。ご一読ください。

フクの記憶、前書き

私はフクと言います。三年間ブリーダーに苦しめられながらも生き延びたボストンテリアです。ブリーダー小屋のスタッフの一人が内部告発に動いてくれて保護されました。私のように助けてもらえた仲間たちはほんのわずかです。ほとんどが悲しい最後を迎えています。そんな犬、ネコたちのことを知ってもらいたく記憶をたどっています。

序章 誕生の日

私は繁殖犬のママから兄妹二匹で産まれてきた。お兄ちゃんとじゃれ合っていたのはほんの数日、一ヶ月も経たないうちにお兄ちゃんは売りに出されていなくなってしまった。売り物にならない私は残されたのだ。このときはまだ何も分かっていなかったので私だけがママのそばにいられてお兄ちゃんには申し訳ないとすら思っていた。

ママに甘えたくてそばに寄っていってもママは体力の限界で動くことが出来なかった。

「ママ、どうしたの、お兄ちゃんがいなくなって寂しいの?」

 言葉をかけても目を開けてくれない。

「ママ、どうして目を開けないの?」

そのときの私には分からなかった。後で分かったのだがママの体は繁殖だけを強いられたパピーミルの被害犬だったのだ。私たちを産んだ数日後には死んだ。

その後、私にとってつらい生活が始まった。さび付いた金属のケージの中に閉じ込められた。

そこは冷たく、不潔で日も当たらない。そこで一日中過すのだ。外に出る事は一切なかった。

トイレタイムは一日にたった十五分だけ、コンクリートとの狭い庭のような場所に出される。そのときに用を足さないと翌日のその時間まで我慢するしかなかった。

万が一、ケージの中でしてしまうとボスは怒りまくって棒で背中を叩くのだ。まだ二ヶ月の私の体は柔らかくて絶えることは大変だった。そのせいで私の背中は普通のボストンテリアとは違って背中の真ん中がへこんでいる。痛くて意識がもうろうとなったことが何度もあった。

ドッグフードも成犬用のドライフードを少量くれるだけだった。このフードは成犬用で幼犬には消化しきれない。私はしょっちゅう下痢をしていた。そのたびに

「お前みたいな役立たずにも餌をやるんだから感謝しろ」

冷たい暴言をはかれた。

お腹が空くのでどんなに堅くても食べてしまう、するとお腹が痛くなり下痢が止まらなくなる、その結果は想像がつくと思う。

「痛いよ、痛いよ」

 キャン、キャンと悲鳴をあげても誰一人として助けてくれる人はいない。働いている人もボスが怖かったのだろう、ボスが去って行くと「ごめんね」と声には出さなくても目はそう言っていた。ここで働く人たちも生活があったのだろう。見て見ぬふりだ。こんな状態の繰り返しで半年が過ぎたころから繁殖犬としての仕事が始まった。

年に一度あるいは二度の出産は辛い。最初の出産は幸い二匹の元気な子犬を産んだ。わが子はなんと愛おしいこと、一時も離れたくない気持ちだった。しかし、直ぐに引き裂かれてしまった。親が子供と引き裂かれるむなしさは人と同じなのに。

他の犬が産んだ子犬のクンクン泣いている声を聞くだけで、別れた子供たちにおっぱいを吸わせてあげたいと言う本能が働いた。そうすると不思議とおっぱいが張ってくる。

張ったおっぱいは赤ちゃんのためのもの、吸ってくれる子供がいないのは悲しい。私たち犬だって人間と同じ感情を持つ哺乳類だと人間に自覚してほしい。

ブリーダーにとって我々は金儲けの手段であり、道具に過ぎなかった。

三歳のときに四回目の出産をした。猛暑の夏だった。暑さと栄養不足でこのとき私の体はすでにぼろぼろで自力で出産の出来る体力はなかった。そんな状態だから当然と言えば当然だった。

売り物にならない子犬を帝王切開で二匹産んだ。その子犬を見た途端、ボスは怒りくるった。

「お前たちはもう使いものにならない、そんなやつらに与えるエサはない、とっとと死んじまえ」

私たち親子は猛暑の中、蒸し風呂状態の物置に放置された。子犬たちだけでもせめて生きて欲しいとおっぱいをあげようと頑張った。でも、一日、二日と過ぎていくと体は脱水状態になって意識がもうろうとしてきた。それでも母親って言うのは子犬を助けたいと思うもの、必死におっぱいを吸わせた。これも人間の母親と同じだと思う。

この様子を黙って見ていられなかったスタッフの1人が保護センターへ連絡を入れてくれたのだ。そのお陰で救いの手が入り、私と一匹の子犬は助かった。もう一匹は日干し状態の姿で手遅れだった。

どんなにか喉が渇いていただろ、どれほどにお腹が空いていただろうかと想像するだけで胸が引き裂かれそうだ。 こういうことを目の前で見ながら平然と商売道具として子犬を販売している一部の悪徳業者はしっかり取り締まってほしい。ペットショップのウインドーには可愛い子犬たちがたくさん陳列されている。とても可愛い、でもこの子犬たちを産んだ母親のことや折角この世に生を受けて産まれてきたのに売り物にならないからと殺されてしまう子犬たちもいることを知ってほしい。

(続く)