フクが生きた記録(2)

1章 初めての施設

保護された私は脱水病と帝王切開の傷口が悪化して生きるか死ぬかの状態だったそうだ。

そんな私は、獣医師のみなさんとスタッフの方たちの懸命な治療で無事生き延びることができたのだとか。子犬も十分な栄養を与えて生き延び、やさしい里親さんに引き取られたと聞いた。

二週間ほど入院治療をしたのち、保護施設へ行くことになった。退院の日、施設の人が迎えに来た。

「こんにちは、私はきみの世話を担当する友子です、よろしく」

 笑顔で友子さんの手が私の頭に近づいた。その瞬間、反射的に頭をかばうかのように手から逃れようとした。そんな私の様子を見てすぐに友子さんは理解してくれた。

「あら、ごめんね、おどかしちゃったかな」

人の手が頭に近づくだけでボスから受けていた暴力を思いだしてしまうのだ。でも、友子さんの手は優しく頭を触るだけだった。人の手にも温かい手と鉄のように冷たい手があることを知った最初の日だった。

友子さんに抱かれて車に乗り込んだ。友子さんの膝の上は柔らかく暖かい感じがした。それでも施設ってどんなところなんだろうと不安で胸がはち切れそうだった。

施設に到着した。車が門をくぐると犬たちの吠える声が聞こえてきた。

その吠える声はボスのところにいた犬たちの声とは違っていた。

そして私たちが車から降りると数匹の犬が近づいてきた。

この犬たちは勝手にこんな所まで来て叱られないのかな、これもまたボスのところに居たときのトラウマで心配になってきた。すると

「歓迎しに来てくれたの、ありがとう」

友子さんの言葉に犬たちは尻尾をふってよろこんでいる。しっぽを振って喜ぶなんて三年間生きてきて一度も経験したことはない、ほかの犬たちの尻尾を振る姿も見たことがなかった。

犬って本当に安心して嬉しいと自然にしっぽを振るのだと知った。私もいつかはそうなれるのかな~、なりたいな~と思った。

彼らは嬉しそうに私や友子さんのあとをついて部屋に入ってきた。

「さあ、きみたちはおとなしくしていてね」

 友子さんの言葉に彼らは各々の居場所にもどり、そこから私のことを観察し始めた。

「紹介するね、新しいお友だちだよ、仲良くしてあげてね」

まるで幼稚園の生徒に新入生を紹介しているようだ。

「あっ、そうですか、よろしく」

 とでも言っているかのように犬たちは優しい目で私を見ている。どの犬も吠えたり、威嚇しようとする犬はいなかった。きっと、ここでの生活が穏やかなのだなと思った。

私の寝場所も決まった。ボスのときと同じようなケージでも、ここのケージはさびていないし、足下にはタオルが敷かれていてとても気持ちがよさそうだ。

この施設では犬は物ではなく、人と同じ仲間なんだと知った。

「さてと、ここのスタッフをあなたに紹介するね」

今度は私に話かけてくれた。そしてスタッフ全員と犬たちを紹介してくれたのだ。

ここでの生活は安心できそうに思えた。安心できる生活が始まっても時々、大きな物音やモップで床を拭いているスタッフさんの姿を見ていると、ふとボスの背中を思い出して体が小刻みに震えるのだ。

「大丈夫だよ、掃除しているだけだから」

優しく声をかけながら私の頭をなでてくれる。この繰り返しで少しずつ、ここでの生活には怖い物なんてないんだと分かってきた。私が施設の生活に慣れてきた頃、仲間の犬たちは徐々に里親さんが決まってここを去って行った。折角慣れて犬生初めて友だちになれた仲間が去って行くのは寂しくてたまらなかった。でも、寂しがってばかりはいられないことを知った、彼らが去ると今度はまた、以前の私のような犬たちがやってくるのだ。

彼らは何かにおびえているような、悲しい目をしている。きっと私もそうだったんだと思う。

だから彼らの役に立ちたいと思うようになった。

「きみたちは以前の私と同じだよ、ここは安心できるところだから大丈夫だよ」

私は新米くんたちに何度も言って聞かせた。これをやれるということは私が元気になった証拠だ。それから数週間後の出来事だった。

2章 里親候補

「あなたもそろそろ、里親さん探しにデビューしましょうね」

友子さんのこの一声で里親探しのスタートだ。先ずは写真撮影だ。

「可愛く撮りましょうね」

赤い水玉の洋服を着せてくれた。

「似合うわよ、ハイポーズ」

数枚の写真を撮ってネットにあげた。すると数名の希望者が連絡をしてきた。友子さんたちはその人たちに幾つかの質問を投げかけている。

犬を飼った経験があるか、犬を飼う環境にあるか、飼い主さんの年はいくつか、犬を飼いたいと思ったきっかけ、等々だった。結果、1人、また1人と断っていた。何で断るのだろうかと友子さんたちの会議をダンボ耳で聞いてみることにした。すると友子さんがこんなことを言っていた。

「表向きでは可愛がると言っていてもねぇ。旅行が好きで温泉に行くことが多いんですって、それじゃ、犬はどうするんですかって聞いたら何と答えたと思う?」

「さあ、ペットショップに預けるって言ったのかしら」

「それならいいわよ」

「じゃ、なんて?」

「家に置いて行くって、当たり前のように言うのよ」

「留守の間に何かあったらどうするつもりなんですか? って聞いたのよ、そうしたら何と答えたと思う? 驚いたわ」

「ペットショップでないと言うことはペットシッターさんに来てもらう?」

「そうじゃないのよ、自宅は広いから何か有れば違う部屋に逃げているでしょうから大丈夫だって。そもそも何も有る訳ないじゃ無いじゃないですか、たった、二泊三日くらいのものですよ、ですって」

「即お断りしたわ、万が一の時のこと全く心配していない、呆れるわ、犬なら自分で何とかするだろうって、そんなの無理なのに分かっていないわ」

友子さんはかなり腹を立てていた。彼女たちは真剣に私たち犬ネコの幸せを考えてくれている。だから私としては居心地の良いここにずっと居たいと思ってしまうのだ。

里親探しの犬ネコは私だけではないので施設の電話は大忙しだ。それに対応しているスタッフさんたちは大変だ。希望してくる里親さん候補に犬ネコの性格からトイレ習慣のこと、人を噛んだりしないかなど話している。

私の希望者がいたようだ。担当の友子さんが電話を受けていた。そして私について話している。

性格は温和しくすごく臆病です。毎日のほとんどはケージで寝ています、まだ、人を心から信じることはできていません。だからケージに居ると安心するのでしょう。

それから私たちの動作によっては可愛そうなくらいびくつきます。トイレは外でしかしませんが徐々に教えていけば出来るようになると思います、お散歩はしたことがなかったのでこれも少しずつリードを付けてならしてあげてほしいです。センターの敷地内は歩いてくれるのですが外が怖いようで散歩とまでは行きません。このような犬でも受け入れを希望されますか?

ケージの中から友子さんの顔を見ていると真剣で怖いくらいだ。電話が終わると

「みんな、聞いて、来週はともちゃんはトライアルに行きます」

えっ、ともちゃん、だれのこと? 私の話かと思って聞いていたのに違うんだ、内心ホッとしていた。もう、知らない人の所に行くのはこりごりだ。

「ともちゃん、里親さんのところに行くまであなたの名前は私が担当だから私と同じ友子。ともちゃんと言う名前です、良い名前でしょ、ねえ、ともちゃん」

友子さんはそう言いながら私を抱いてほおずりをしてくれた。ここから出て行きたくない気持ちが益々強くなって行く。でも、そんなことは言っていられない。次から次へと施設には私のような犬ネコが保護されてくる。私がいすわれば次の仲間たちは助けてもらえなくなる。それでは私と同じ境遇の犬ネコたちの死を待つことになってしまう。複雑な気持ちだ。(続く)

序章はこちら